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「はじめの一台」



今でこそ大活躍の幸男ですが 昔は、上手にクルマの魅力が伝えられませんでした。

誰かのところに行っても 「今はクルマいらないよ!」と追い返されてばかり。

顔さえ見てもらえなかったり 犬に追いかけ回されたり。 ひどく落ち込む日々が続きました。

「クルマでみんなをシアワセにしたい!!」 そんな熱いキモチを持っていたのに 夢も、希望も、自信も、 すっかり無くなりかけてしまいました。

「 何も上手くいかない。そんなときは気分転換だ」 大好きなクルマに乗って、山奥の湖へ。 何も考えずにハンドルを握り、湖のほとりに向かう。 釣れなくてもいい。 暗いキモチから少しでも離れられれば。

湖に糸を垂らし しばらく時間が経つと やがて ポツポツと雨が降ってきました。

鏡のように、静かだった水面に波紋がいくつも広がる。 雨が落ちては、波紋を広げ、消えていく。

それを眺めていると 波紋の一つひとつに 最近のつらい思い出が浮かびあがります。

「あーあ、考えないようにしていたのにな」 そうつぶやいた時でした。

背後からガサゴソと草をかき分ける音。

草むらの中から ずんぐりした出で立ちの釣り人が現れました。 「アリャ、めずらしい、先客がいたナア。 一緒にいいかい? それにしても、イヤァまいったまいった」

あわてて目をこすり、涙をごまかす幸男。 「もちろんどうぞ。でも、ここは全然、釣れませんよ」

「そうなのかい、ジャマしねえからヨ。 オレはノブってんだ。よろしく。」

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二人並んで、釣り糸を垂らしてボンヤリ。

ノブさんは、相当な名人らしく すぐに魚が釣れ始めました。

(ハハ、僕は何をやってもダメなんだなあ) 幸男はますます落ち込んでしまいました。

「あの、僕はそろそろ帰ろうかなって。釣れないし」 道具を片付け始めました。

湖の方を向いたまま、ノブさんは言いました。 「ナア、あんちゃん。あきらめんなや。釣り、好きなんだろ? あと一回やってみなヨ。 ホラ、これから大物が来る時間だ。」

「はあ、じゃあ、あと少しだけ」 もう一度、竿を準備して 仕掛けを投げ込み、沈むのを待っていたそのとき 竿が大きく曲がりました。

「うわわわ。重い。カラダごと持っていかれそう」

こんな強烈な引きは初めて! ノブさんも幸男の竿を一緒に持ってくれます。

「こいつは ヌシに違げえねえ! すんげえのを引っ掛けたな。辛抱してみるもんだナア」

何十分が経ったでしょうか。

少しずつですが、ヌシは岸辺に寄ってきます。もう少し。 「ヌシの影が見えたぞ。とんでもない大きさだ」

そのとき ブツンッッッ! 折れんばかりに曲がっていた竿が弾み 糸がフワッと宙を舞いました。 あまりの重さに、糸が耐え切れなかったのです。

ヌシには逃げられてしまいました。

ふたりは放心状態のまま、座り込んで肩で息をしています。 やがて、ノブさんがひとりごとのように口を開きました。

「すんごいヤツだったな。あんなの滅多にお目にかかれるもんじゃねェ。 いつかアイツを釣り上げてやりてえ。明日から研究しねえと。 でっかすぎる目標ができちまった。 オレが寿命を迎えるまでに釣れるかどうか。 まあ、でも でかい目標だから面白いんだ。 だよな、あんちゃん?」

幸男はハッとしました。 目標に向かっているときが一番楽しい、か。 もう少しだけ、頑張ってみようかな。

ノブさんがおもむろに立ち上がりました。 気がつくと、あたりはすっかり真っ暗。 いつの間にか、雨も上がったようでした。

「さて、今日はもう帰るベェ。 家に帰って新しい仕掛けばつくんねえと」

「そうですね。帰りましょうか」

「ああっと、いけね。 そういや、ここに来る途中、クルマが壊れちまってヨ。 ありゃあ、もう、オダブツだナア。 あんちゃんクルマで来たんだろ、一緒に乗っけてってくれヨ。 つうか、近くで良いクルマが買えるとこ知らねェか?」

!!

「あの、僕、実は…」




 



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